人が財布の紐を固くして支出を減らすのも当然であろう。
人の支出が減少すれば、企業や銀行の業績も悪化するため、資産価格のフ″ンダメンタルズの部分すら下落してしまい、不況はさらに深刻化した。
このような事態が長期化して、株価や地価が回復すれば何とかなると思われていた債権が、何年たっても回収できないことが明らかとなり、不良債権化した。
その結果、株価や地価はもちろん、流動性が高く確実に金持ち願望を満たすと思われていた銀行預金すら、怪しくなっている。
預金をするにもどの銀行が安全かを考え、Y便貯金が増加し、ダンス預金すら増えて家庭用金庫が売れている。
これによって資産価値の収縮に拍車がかかるとともに、人の金持ち願望に基づく貯蓄意欲は上昇した。
資産価値が減って資産保有願望が増えれば、消費は二重に減少するため、需要不足はさらに深刻化する。
90年代の日本では、このことが現実に起こってしまったのである。
この状況の打開には、資産の信用回復しかない。
信用を失うのは簡単であり、回復するのは至難の業である。
80年代末期には、実際にバブル論争もあり、すでに人は株価や地価の高騰を怪しいと感じ始めていたから、時期が早いか遅いかだけで、株価は、結局は下落したであろう。
ただ政府が政策的にあまりに急激に落としたために、資産への信用が地に落ちる結果となり、その後今日に至るまで、金持ち願望を背景とした資産価格の回復、およびそれに続く景気の回復はできなくなってしまった。
こうなれば、政府がPKO(株価維持政策)に少の金を使っても、資産価格は上がっていかない。
景気の本格的回復は、人が資産価格崩壊という悪夢を過去のこととして忘れ去るか、株価や地価暴落の経験のない次の世代が、大多数を占めるまで望めないのである。
このことから、政策当局が80年代終わりにバブルを膨張するだけさせ、その後急激かつ徹底的に叩きつぶしたことが、後いかに大きな影響をもたらしたかがわかるであろう。
貨幣のバブルとその崩壊株式や土地などの資産がバブルを起こすとなれば、貨幣はどうであろうか。
実は貨幣とは究極のバブル、あるいはバブルそのものである。
貨幣はいってみればただの紙である。
特に現在の管理通貨制度のもとでは何の裏付けもなく、その価値は社会に通用しているという信用だけで成り立っている。
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